帝王切開で誕生した人の母心(親心)

去年から帝王切開で誕生した人と出産した人のクライアントが増えています。

個人セッションとグループセッションのどちらも増えています。

特に「子育て・自分育てブリージング」では帝王切開で出産したお母さんと幼児のカップルが1/3〜1/2を占めることがありました。

その比率は日本各地での帝王切開率を反映してのことかもしれません。

 

そんな状況の中、帝王切開で出産・誕生した母子間に起きがちな気持ちのズレやズレの理由について話すことになる訳ですが、幼児達は母を慕う自分たちの想いを私が代弁すると、たいてい私に急接近し躯に触れてきます。

接近そのものは帝王切開の子に限った行動ではないのですが、スキンシップを取るまでの間合いが短くて、気がつけばふわっと心理的にも身体的にも距離感がなくなっている、「えっ・・・忍者かお主」という感じが特徴的です。

 

 

 

おそらく、その行動は気持ちの通訳者である私へのお礼のつもりだと私なりに解釈しているわけですが、そのいきさつを母親達に伝えても、ボカンとして今起きたことへの理解ができない人が大半です。

 

まさに母子間でおきしてまう気持ちのタイムラグは、このようにして現れます。

この気持ちのタイムラグが頻繁に起きてしまうことこそが、帝王切開で誕生した子にとって一番悲しい現実なのです。 一体、どうしてそのようなことがおきるのでしょうか?

実は、母子間で気持ちの感受と共感する能力に大きな開きがあるからです。

母親の能力を遥かにしのぐ能力が子供達に備わっている可能性があります。

 

帝王切開で誕生する赤ちゃんと普通分娩で誕生する赤ちゃんが誕生時に体験することの決定的な違いは、産道を通るか通らないかにあります。産道を通る体験は母と自分の身体をこすり合わせ身を分け、違う存在であると初めて認識できる儀式のようなものです。その体験の抜け落ちている帝王切開で産まれた子達にとって母親の存在は誕生後も胎児時代と変わらず繋がっている存在であるはずです。

産道通過時に脳に与える圧力の有無がいろんな能力差を作り出す要因であるかどうかはわかりませんし、個体差の認識の有無が感受能力のレベルに関して具体的に脳の部位に影響を与えているかどうかは私にはわかりません。

 

どの胎児にも母親に共感する能力が備わっています。というよりは「受け取る」ことしかしりません。へその緒の血流を通じて母親の食べた物、酸素、情報伝達物質(感情)が流れ込むことで母親をまるで自分のことのように感じています。

そんな母親との一体感を得ている時代から独立した個体として生きていく時代へ大きく変換していく儀式が産道を通過することの意味なのです。

帝王切開で誕生した人たちは、この儀式が抜け落ちていることで母親と自分の存在は産まれた後でも一体感を引き続き感じてしまう人たちです。

おそらく感受と共感の能力のDNAのオン・オフのスイッチは胎児時代と切り変わらずオンの状態にあり、自立するためのDNAのスイッチはオフのままとなり、その結果自分らしさの確立は長い間容易ではないと思います。

 

 

“親の心子知らず”ならぬ”子の心親知らず”の状態が赤ちゃん時代からはじまります。それでもお母さんのことが大好きで心配でたまらない子供達の中には、自分の子供心を諦めて、蓋をし、母親代わりをする子さえあらわれます。

なんたってお母さんの気持ちは手に取るようにわかってしまいますから、放ってはおけません。

 

とは言え、母に対して赤ちゃんや小さい子にとれる行動と言葉掛けには限界がありますから、母に対する気持ちを伝えきれないままに成長していきます。こうして母親には我が子が自分に対して自分の元を片時も離れずくっついているほんとのわけが、「母(親)のような気持ちでそばを放れたくない」ことにあったなどとは思いもよりません。

始終自分にまとわりつく我が子は、母親に言わせれば甘えん坊で自立できなくなるのではと按ずる材料になれこそすれ、母子関係(あるいは親子関係)が実は逆転していると気づける由もありません。

 

母親は本来子供にとって安全基地となりうる存在です。

自分の安全基地作りを始める前に自分の母親の安全基地作りを買って出る子たちは、自分の気持ちを受け止めてもらうことに未熟で不器用なまま、受け止めてあげることに懸命な子たちだと言えます。

 

一方通行で終わるこのコミュニケーション方法は、自分自身の気持ちの「手放し」が学べない大人へと成長する可能性も含んでいます。

そして、気持ちの「手放し」方やその「手放し」を受け止めてくれる「安全基地」を必要としていることに正直になることは、帝王切開で誕生した人のみならず産んだ母親にも共通してます。

 

そのことに気づければ、

気持ちのタイムラグやズレは世代間で続くチェーンドラマとして存在していたことがわかるでしょう。その共通理解が母子間に繋がりを実感させます。何よりも繋がりの実感を求めているが故に帝王切開への道があることも、事実です。

 

 

帝王切開で誕生した人たちの母心(親心)は

帝王切開で産んだ人たちの母親に「ただ受け入れてほしかった」

との言い残し、思い残しを終わらせるために備わった心なのです。